サッカーユニフォームの原型
イングランドは16世紀に宗教改革が起こり、イングランド国教会(聖公会)を国教とするプロテスタント国になりましたが・・・
灰の水曜日直前の3日間は「告解の三が日」(シュローヴ・タイド)と呼ばれ、人ぴとは依然としてこの時期に大いに飲み食いし、羽目を外して大騒ぎをしました。
・・・とりわけ、徒弟や奉公人にとって休日であった告解の火曜日には、いろいろな遊びが行なわれました。
よく行なわれたのは闘鶏やレスリングでしたが、とりわけ人気があったのは「鶏当て」と呼ばれる遊びでした。
これは、杭の上に鶏を紐で縛りつけておき、2ペンスほどの金を払った人が決められた距離からその鶏に何度か棒を投げつけて打ち落とし・・・
そして、地面に落ちた鶏が起き上がる前に走っていって捕獲すれば、その鶏は自分のものになるという一種の賭け事でした。
また、地面の上で脚を紐に縛りつけて逃げられないようにしてある鶏に向けて、金を払った人が同じように棒を投げつけて殺してしまうという「鶏当て」もありました。
いずれにしても、かなり残酷な遊びであり、その残酷さゆえに識者から批判され、当局からは禁止されることもあったが、告解の火曜日にはつきものの娯楽でした。
これらの遊びとならんで、告解の火曜日に人気があったのがフットボールです。
もちろん、土地によっては他の祝日やふだんの日曜日にフットボールをして楽しむこともありました。
しかし、もっともよく行なわれたのは告解の火曜日であり、この日にはイングランドのあちこちでフットボールが行なわれたのです。
この頃にはすでに、サッカーユニフォームのようなものがあったのかもしれません。